送付先住所はうちで間違いなかったが、名前の欄に『青木まるみ』とはっきり書いてある。
住所間違いか宛名間違いか分からない。これじゃあ差出人がまるみの家に届けたかったのかうちに届けたかったのかも不明だ。ちなみに、差出人の名前は当たり前のように書いてなかった。形は正方形に近い長方形。単行本より一回り大きいくらいの大きさだろうか。
でもなにより目を引くのは、ポスカで塗りつぶした様なはっきりとした色の青。
その青がダンボール箱を覆いつくしていた。
…なんか怪しいんですけど…
「まあ、開けてみても大丈夫かな」
もしまるみ宛てだったら、明日渡してやればいい。
梱包を解いて中の緩衝用ビニールを取り出してやると、出てきたのは
「………あれ、腕時計だ」
梱包が大きすぎるのでは、と思うくらい華奢な感じのする青い腕時計だった。文字盤のガラスに白い花の絵が入っている。どこかで見たことがある気がした。
「うーん……。まるみが前つけてなかったっけ…?」
どうにも記憶が曖昧だ。つけていたとしても結構前かもしれない。
それにしても。
わたしはもう一度、ダンボールに差出人のい名前がないか確認する。ひっくり返して裏面も見ておいた。やっぱり真っ白だった。
「誰がこんなもの送ったんだろ。気持ち悪いなー」
そう言いつつも、頭の中では『なくしもの宅配便』という言葉がどうしても連想されるのだった。
翌日。
「あーそうそう!よくこんなの見つけたねえ!」
「え、でもなんか気持ち悪いよー。ストーカーとかだったらどうするのさ?」
笑顔のまるみとは反対に、わたしは相当怪訝な顔をしていたと思う。
「あはは、あたしにストーカーはありえないっすよー。だったらなんでわざわざ千色
の家に送りつけるのかわかんないし。」
「うーーん………」
「ってかすごい便利じゃん、これ!なくしたやつが戻ってくるんだよ!?使わなくていいのか!千色!」
「でもなー……」
やっぱり不信感は拭いきれない。
それでも試してみたい好奇心はあるけど。
あるけど…
「……とりあえず本当になくし物が届くか実験、してみようかなあ」
わたしは帰宅後、早速机の上に紙を広げた。やたらでかい文字で『なくしもの宅配便申込書』と書いてあるやつである。さっき郵便局に寄って何枚かもらっておいたのだ。
「あー……。なんかさりげなく乗り気だよねえ、わたしもさ…」
適当に独り言を言いながら名前と住所、そしてなくしたものの特徴をできるだけ詳細に記していく。必要事項はこれくらいだった。たったこれだけの情報で、本当になくなったものが見つかるんだろうか?
「よしよし。あとはこれを郵便局に出すだけか。めちゃくちゃ楽だったけどまあ、軽い現実逃避にはなったかもね」
ちなみに今日は試験2日前だったりする。
「千色ー!これからどっか食べ行こうぜ!」
チャイムがなると同時に、隣の教室からまるみが元気よく駆け込んできた。
「えー…せっかくテストが終わったんだから家帰って即寝たいよー」
「いやいや千色さん、徹夜明けのパフェが一番うまいんだって!なんならあたしがおごってもいいからさ!」
いつもどおりまるみに押し切られる形で、わたしたちは近くのファミレスに入って2人分のパフェを注文した。眠かったけどおごりだったので異存はない。
そこでわたしはふと思い出した。
「あ、そうだまるみ、これ」
わたしはかばんから2冊の本を取り出した。まるみに借りていたマンガだ。
「お、やっと返してくれたね。ユキが早く次貸してくれってうるさかったんだよーこれ」
「あはは…申しわけないっす」
『南国トロピカルパフェ』とかいうパインやチェリーたっぷりのデザートをつつくまるみの腕には、腕時計が嵌められている。わたしの視線は自然とそこに留まった。こないだ家に差出人不明で送りつけられてきた怪しい時計だが、まるみはそんなこと全然気にもしていないようだった。
「そういえばその時計、いつなくしたやつなの?」
「え、これ?うーん結構前かな。1年以上たってるけど」
文字盤のガラスに花の絵柄が入っているそれは、皮のベルト部分も傷ひとつついていない。なんとなくそれが引っかかっていた。
「なんか意外と綺麗だよね。ほんと新品みたい」
「そうなんだよ。これね、買ってすぐなくしちゃったからさー、千色が持ってきたときはうれしかった。高くないけど気に入ってたし」
「ふーん」
「なくし物宅配便か。よくわかんないシステムだけどめちゃくちゃ使えるね。今度あたしも使ってみようかなー」
「…あ、でもこれ届けてもらうまでの手続きがめんどくさそうだよ」
なぜかとっさに嘘が口をついて出た。
「そうなの?」
「ねーちゃんおかえりー」
夕方ごろ家に戻ると、弟が居間で野球中継を観戦中だった。立て膝のままもしゃもしゃとメロンパンを齧っているので行儀悪いことこの上ない。
「ちょっと、床にパンこぼれてるよ」
「おなかすいたけど母さん帰ってこないんだもん。あ、昨日なんかまた変な宅配便届いてたけど、あれって中身ねーちゃんがなくして困ってた友達のマンガなんでしょ?」
「うるさい黙れ」
「うわっもろに不機嫌だし」
わたしはこのころ、まるみがなくし物宅配便に興味を持っていることがなんとなく嫌だった。怪しいけれど、これほど使えるものを自分だけで独占したかったのかもしれない。申し込み用紙を書いて出すだけで何でも届けてくれる宅急便を、わたしはドラえもんの四次元ポケットから出た秘密道具のようだと思った。
わたしは夢のない子供だったので、友達に『ドラえもんがほんとうにいたらどうする?』と聞かれても『四次元ポケットだけもらう』と無愛想に答えるしかできなかった。いま同じ質問をされても、同じ答えを返すと思う。今のところわたしだけが知っている「なくし物宅配便」という四次元ポケットを、たとえ友達にでも教えたくなかった。
「…とか考えてる自分に嫌気が差してくるよ」
心を咎める程度の良心なら、まだわたしにも持ち合わせがあるみたいだ。薄い罪悪感に駆られながらわたしは自分の部屋に戻ってドアを閉めた。
机の上には十数枚の申し込み用紙。もちろん『なくし物宅配便申込書』とでかでか書かれている、あの用紙だ。
「さて。どうしようか…」
宅配便は本物だったのだ。
口ではそう言いつつも、やりたいことはひとつに決まっている。
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