それから一週間。
「ねーちゃん!またあれ届いてるよ」
弟が勢いよくわたしの部屋のドアを開けた。
「ちょっと!ノックしろっていつも言ってるでしょー!」
「なんだよ、教えてやったんだから感謝してもいいくらいだろー。ってか別にノックしないと困ることなんかしてないじゃん」
弟はきょとんとした顔で私の部屋を見回した。その両手に小さい段ボール箱をかかえている。『天地無用』の赤いシールつきだ。
「…そういう問題じゃないでしょうよ。はい、ありがと」
わたしはさっさと荷物だけを受け取ってドアを閉める。閉じる間際暁が不満げな顔をしているのが見えた。
「さってと」
荷物に向き直ると、丁寧に巻かれたガムテープを少しずつ解く。中のものが傾かないように慎重に。
と。
「あ、忘れてた。ねーちゃんもうごはんだってさー。
…て何それ?金魚鉢??」
わたしを呼びに来た弟が部屋に入ってきた。まずい。
「ノックしろって言ったばっかじゃん!」
「んん?その金魚…」
わたしのセリフを完全に無視して、弟は金魚鉢に近づいてきた。
中には金魚が入っている。和金と呼ばれる種類だ。弟は見覚えがあるだろうし、わたしはこの和金をもちろん知っている。
『なくし物宅配便』は、以前なくした私物でなければ取り返せないからだ。
「これ、前飼ってたさくらに似てない?ここの赤い斑点とかそっくりだし」
さくらというのは、わたしが小学生のときに飼っていた金魚の名前だ。弟はその時小2とかだったはずなのに覚えていたらしい。
「おわー、なつかしいなあさくら。ってなんでここにさくらがいんの?あいつ確か最後川に返してやったんじゃなかったっけ??」
「あーもう、いいから出てけ!」
そうだ。『わたしが世話するから』っていう理由で飼い始めたのに、1ヶ月もしないうちにえさやりをサボるようになってから母に『世話しないんなら捨ててきなさい』と言われてしまったのだ。その後泣きながら弟と一緒に川へ行って放流した。放流、といっても川で金魚が生き延びることができるかどうかなんてたかが知れている。
そのときは知らなかったけど。
泣くぐらいなら最初から飼わなきゃよかったのよ。
それは当時のわたしに向けて母が言い放った文句でもあると同時に、過去の自分に対する今のわたしの感想でもある。本当にその通りだ。過去の自分ってやつは理解できないし、隠してしまいたいくらい恥ずかしいものだ。
だとしたら。わたしがこれから宅配便を使ってやろうとしていることも、時間がたてば『あのときの自分は何を考えてたんだ』と後悔とともに振り返ったりするんだろうか。
大丈夫。さくらで試して成功したんだ。実験は成功したじゃないか。この次も八割方成功する。
私は一番下の机の引き出しを開け、宅配便の申込用紙を一枚だけ取り出した。自分の名前を書き、住所を添える。それからずっと取り戻したかったものの名前、小さい特徴までぜんぶ書き連ねた。似ているけど違うものが届かないようにするためだ。そんなものでは意味がない。
夜は、決定的に更けていった。
「ねーちゃん!なんか今日はすごいものが来てたよ」
次の日。
学校から帰るなり、弟はかなりいぶかしげな顔でわたしの帰りを出迎えた。
「かなりでかかったから玄関に置いておいたんだけど…これってあの変な宅配便でねーちゃんが頼んだの?」
弟が疑問形で尋ねるのも無理はないだろう。それだけ不審なものだったに違いない。わたしはたった今入ってきた玄関のドアを閉め、靴を脱いで一段上に置いてあった荷物を見た。
「………」
見た瞬間に確信する。これだ。
わたしの家は一軒家だがさして広くない。その玄関の大半をいま、その荷物が独占していた。まずそれはとても長かった。横の長さは50センチほどだろうが、縦はとにかく2メートル弱はあるだろうと思わせるほど長い。普通サイズの家にこんな大荷物が届いているのが異常だと思えるくらいに。
と、弟が恐る恐る口を開く。
「あのさ…これ届けに来た宅急便のおっさんを手伝ったときに触ったんだけどさ…
なんかやたら冷たいんだよ、これ…」
気味が悪いとでも言うように、暁は『天地無用』のラベルがついた巨大なものを指差す。
「この中身はなんなの??」
わたしは答えず、弟がそうしたようにダンボールに触れてみる。ひんやりした感触が、中のものが相当冷えているだろうことを教えてくれた。
「帰ってきたんだよ」
誰に言うでもなくつぶやく。
本当に戻ってきたんだ。
でもほんとうに?中身を確かめなくちゃ。
ほとんど躊躇せず、わたしはひとりでガムテープをはがし始める。暁はそれをなぜか手伝うようなことをせず、戦々恐々といった表情で突っ立っていた。
今思えば、弟は中身がなんだったのか直感的に知っていたのかもしれない。
でも心配ないよ。弟だってそのうち慣れてもとの家族に戻れるよ。
箱の中身は、死んだはずのお父さん。
氷付けになった頬はとてもつめたいけど、ちゃんと自然解凍すれば閉じたまぶたもじきに開くだろう。
宅配便は死んだ生き物だってちゃんと返してくれる。さくらで確認済みだ。
ああ、そろそろ買い物から母が帰ってくる時間だ。このすてきな贈り物を見て母は喜ぶだろうか。
きっとはじめは戸惑うかもしれない。でも私は知っている。母がたまに夜中起きだして、父の仏壇に向かって語りかけていること。
母には父が必要だった。それは私も弟も同じこと。
4人がけのダイニングテーブルがひとつ余ったままご飯を食べるなんて、もう嫌だよね?
神様。
ほしいものがあって、それを手に入れることはいけないことですか?
「なくし物宅急便」を最初に見つけたのは、俺なんだ。
それを目にした瞬間、俺はねーちゃんがしたことと同じこと考えた。
でも普通怖いだろそんなの。
・・・ねーちゃんに、ねーちゃんの友達の時計送りつけたのは俺だよ。万が一ねーちゃんが宅急便に興味持ったら、俺が考えたことと同じことやってくれるんじゃないかって思ったんだ・・そりゃ心のどっかで期待はしてたけどまさかほんとに・・!本当にやるなんて考えもしなかったのに・・・!
え?無理だよ。確かにみんな父さんが好きだったよ。けど一回死んだ人間と一緒に前と変わらない生活なんかできる訳ないだろ。
大体あれはほんとに父さんなの?母さんもねえちゃんも手放しで喜んでるけど、おかしいぜそんなの。
見た目はそりゃ父さんそのままだよ。でも、口で表現できないけどなんか違和感あるんだよな。たまに父さんの皮被った化け物なんじゃないかとか考えてる。
ねえ・・教えてよ。俺たちの家に入り込んできた、
アレは誰なの・・?
back texttop