毒を食らわば最後まで?



























砂埃が舞うせいで 目がとても痛いけど
水が染みこむように わたしのからだは冷たくなった
ほんとはね あなたの手をとって 周りを占めるすべてから盗み出したかった

涙を飲んで 乾いた地面に手をあててみた
あたたかいところはあなたの手と一緒なのに がさがさと感情のない感触
砂を噛むように ひとりごとをただただ呟いた日の高い午後

これからを考えるほど先が見えるなら あなたの選択は間違いであってる
さよならを言い合えるほど わたしたちははたして一緒にいたの?

からだに水分はこれっぽちも残ってないのに
目から垂れ流した水滴の行方を わたしも知らないのよ























佐助は足音にあわせて振り向いた。
そこには案の定、前線に出たはずの幸村が立っていた。

「・・・」

ほんの少し間があった。
時折風に乗って喧騒が聞こえてくる以外、ここにはほとんど音が存在しない。ここは武田軍の本陣だから、戦場の中心はもっと離れているはずだ。
武田軍対上杉軍。まだ戦は始まったばかりである。

ややあって幸村が問う。
「・・お館様は?」
幸村の目線はまっすぐ佐助を捉えている。
いつもそうだ。佐助は心の中で嘆息する。話すときはいつだって俺の目を見る。自分の心の内が晒されているようで鳥肌が立った。
と同時に、幸村の心だってより明確に相手に伝わるのだ。佐助には今、そちらのほうが忍ぶに耐えない試練だった。だってたった今俺の主人は何かをこらえてる。
「どこだと聞いているっ!佐助え!」
幸村の顔が歪む。泣くんじゃないかと思った、そんな姿一度も見たことがないのに。


佐助は。
佐助はここで初めて後悔をした。そして何回してきたか分からない、自分の境遇を改めて呪った。
納得してきたはずだ。
いつも何かを選ぶとき、後悔しないように最善を尽くしてきたはずなのに。
一体何が正しくて、何がいけなかったのだろう。

「・・むこうに」
佐助は後ろの地面を指差した。そこにあるのは地面にゴザと藁を敷いただけの簡単なベッド。そしてその上にかけられた白布。なにかが横たえられている。
それは明らかに人の形をしていた。布では隠し切れなかったのか、赤いものが布の端から突き出ている。武田軍なら誰でも、いや武田じゃなくたって分かるだろう、あれはかの有名な、
武田信玄の面の角だ。









幸村は死んだ信玄と対面した。





「お館様・・・」
佐助は、もしお館様がいなくなったらきっと幸村は泣き叫ぶんだろうと勝手に想像していた。泣いてお館様の名前を叫びながら暴れるんじゃないか。そうなるだろうと思っていたし、もしできるならその場に居合わせて幸村を慰めたいとも思っていた。

しかし、違う。

幸村はお館様に近づくと片ひざを折り、お館様の顔にかかる布を取り去った。信玄はそれほど苦悶した様子もなく、むしろ眠っているように安らかな表情だった。もしかして寝てるだけなのかもしれない。佐助は一瞬錯覚したが信玄の目は硬く閉じられている。
「ご上洛を・・」
うわごとのように幸村が呟く。
「ご上洛を・・・。お館様でなければ、誰が上洛を果たすのだ・・」
静かな声音だった。ひどく繊細で、寝ている信玄を起こさないように留意しているような。
佐助はひどく胸が締め付けられる心地がした。ここからでは幸村の表情は見えないし、幸村の声に涙が混じっているわけでもない。それでも佐助は確信する、

この人、今泣いてる。

「・・旦那」
近づこうとして、しかし佐助にはそれができない。
遮るものなんかないのに幸村がとても遠い。幸村が佐助を見ていないからなのか、
それとも佐助がやましいことを持ち合わせているせいか。そのどちらでもある気がした。
「佐助、教えろ」
ふいに名前を呼ばれた。
「お館様でなければ誰が・・!お館様以外に誰がいると言うのだ!どうして!」
幸村が再度振り向いてこちらを見る。目を見て話すために。
その目には静かな炎が浮かんでいる。怒りと悲しみに満ち溢れた視線だ。
ああ、と佐助は思う。この炎がこの人を生かしている、と唐突に思った。怒りの炎すべてを原動力に変える熱の塊のような人。
でも本当は泣いている、この人は心の中で。炎は揺れているのだ。お館様の死のせいで。
お館様に背を向けるかたちで、幸村はふらふらと佐助に寄りかかった。
「佐助・・拙者は・・」
佐助は覚悟を決めてしっかりと抱きとめた。さっきからかける言葉が何も見つからない。
幸村の気持ちを察するには、言葉の種類が足りなすぎる。











そしてずっと考えていた。
今、この瞬間に思い出さなければならないことがある。すべての始まりであり、こんな馬鹿げた結果の根源を。



佐助は目を閉じた。






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